ホーチミン廟とその周辺
ここでは政府直轄エリアをご紹介します。
政府直轄のエリアは、ホーチミン廟とその周辺区域。
観光エリアにもなっていて、このエリア内には「ホーチミン廟」、「ホーチミンの家」、「一柱寺」、「ホーチミン博物館」がそれぞれ徒歩圏内に点在しています。
旅行者にも開け放たれていますが、軍人、公安警察、衛兵がいたるところで監視しているので、下手な真似をしてはいけません。
場所を確認
場所はホアンキエム湖からタクシーで10分~15分ほど西へ走ったところにあります。敷地内はタクシーの乗り入れはできませんが、ホーチミン廟まで徒歩数分のところまで行ってくれます。
このエリアは歩道の幅が非常に広く、ほかでは見られないほど清潔ですので、すぐにここが政府直轄エリアだと理解することができるでしょう。
ホーチミン廟
まず最初はホーチミン廟。
観光スポットになっているものの、ベトナムで最も厳重警備されている名所でもあります。
ここには革命家であり、南北ベトナムを統一に導いた故ホーチミン氏の遺体が永久保存されて眠っています。毎朝3時間だけこの門は開放されて、多くのベトナム人がホーチミン氏の遺体を見に参拝に訪れます。
特にホーチミン氏の命日である9月2日にはより多くのベトナム人がここに集まり、行列を成します。
それ以外の時間は固く閉ざされていて、中に入ることはできません。
外観のみ見学が可能で、門の両脇には白い制服を着た衛兵が直立不動しています。
廟正面には白線がしいてあり、一歩でも足を踏み込むとそばにいる警備員に厳重注意されます。
外国人旅行客の中には面白がってふざけてやる人もいますが、みなさんは決していたずらで行わないでください。
ここはベトナム社会主義共和国を作り上げた偉人が眠る場所であり、ベトナム人にとっての聖地であることを肝に銘じおきましょう。
ホーチミンの家
高床式の少し貧乏くさい家。しかし、これこそがホーチミン氏の家でもあります。
近くにはホーチミン氏が亡くなる寸前まで執務をとった大統領府がありますが、こちらはあいにく見学することはできません。
写真のこちらは実際ホーチミン氏が生前書斎として使っていた家のようです。
ホーチミン氏はベトナム中北部のゲアン省と呼ばれる農村地帯で儒教者の子供として生まれました。そのため、ホーチミン氏の生活はひどく質素で、自信華やかで贅沢な生活は好みませんでした。
書斎には尊敬していたマルクスレーニンの肖像画が飾られています。
マルクスレーニンの思想はホーチミン氏の目指すところにあり、それは現在のベトナム政府の根本的な思想でもあります。また敷地内には、ホーチミン氏の愛車も展示されています。
一柱寺
こちらは李朝の太宗リータイトーが創建した楼閣。
非常に小さいですが、石段を上がると小さな仏壇に黄金の観音が輝きを放っています。
一柱寺は池の真ん中に堂が建つ一風変わった建築スタイル。
その昔、リータイトーが蓮華の上で子供を抱いた観音の夢をみたあと、ほどなくして子供を授かったことから、この堂を蓮に見立てて作りました。
2014年に修復工事がはじまり見学不可となっていましたが、2016年現在修復を終えて一般公開されています。
ホーチミン博物館
最後はホーチミン博物館。
設計から建築まで旧ソ連の援助で作られたアーティスティックな博物館。
ホーチミン氏の歴史の足取りを写真やパネル、模型などで分かりやすく展示されています。
ホーチミン氏が革命家として名をはせ、どのような功績を残したのかを辿れば、おのずとベトナム近代の歴史を追うことにもなります。
ホーチミン氏はベトナム人の老若男女から愛されていました。
子供たちからは、「バックホー=ホーおじさん」と呼ばれていたほど。
ホーチミン氏のポケットには、常に子供たちに配るための飴玉が入っていたといわれています。
また、演説では「みなさん、お腹いっぱい食べていますか?」という言葉からはじめるのは、自身貧しい生活を経験し、食物の大切さを伝えたかったことに由来しています。
ラジオ演説で「自由と独立ほど尊いものはない」と発し、ベトナム人を発起させ、独立へと導きました。
1969年9月2日、ベトナム戦争中に心臓発作によって死去するまで、ホーチミン氏は常に独立を夢見ていました。
ハノイの一大観光エリア
政府のおひざ元であり、ホーチミン氏ゆかりの町でもあるハノイ。
単なる観光エリアではないのがこちらのホーチミン廟周辺エリアです。ハノイ旅行の際は、是非立ち寄ってください。
ここで紹介したすべての施設を回っても、半日あれば十分です。
(管理人へのご連絡は不要です)







